いきざま2005/07/07 13:21:28

40過ぎててもとくに仕事ができるわけでもなく
ひとにいわれたことだけを唯々諾々と
その通りやって
期待以上のことをするでもなく
箸にも棒にもかからないわけでもなく
求められる水準の若干下回る成果を残して
淡々と仕事をこなしているひとをみると
ああこういう生き方で行けばよかった
と、なんか強く思うようになりました。

妙に才気ばしった振る舞いをするのは控えよう。

ようやく2005/07/07 13:30:24

taiwan tree
写真がはれるようになったんだね。
おもちゃの魚眼カメラを買いました。
これはなかなかいいものだ。

good job?2005/07/08 08:44:58

prize at the phat photo contest
記念撮影以外の写真を日常的に撮るようになって7年くらいになるのですが、多少なりとも思うように撮れるようになると、被写体に対する自分の価値観が広く通用するものなのかどうかについて悩むようになってきました。
しかも本屋にならぶ分厚いカメラ雑誌を見ても、なにを持って選ばれているのか良くわからないものが多くて、ますます悩ましくなるものでした。
最初、グレーの皮が貼られた洒落たみためだけで好きになった、40年も前のカメラであるフレクサレットで撮った写真が、末席ながらとある写真雑誌のフォトコンで入選することができて、しかもそれが自分が強く共感できる写真を多く掲載している雑誌であることは、私にはとても大きな意味をもちます。素直にとてもうれしいです。

今日のN響2005/07/09 12:51:41

モーツァルトのクラリネット協奏曲とプロコフィエフの5番
150年の時代の流れは音楽を線から面に変えるものなのか。

基本的にクラシック音楽はこの定演の場でしか聞かないので、よっぽど何回も繰り返されるプログラム(ベートーベン7番とか)じゃないかぎりほぼはじめて聞く曲ばかりとなります。

最初旋律をずっと追って聞いていたのだけど、膨大なパートがそれぞれ膨大な旋律を追うわけで、集中できなるなるととたんに眠くなってくるものです。しかし、さすがに5年とか6年とか通っていると、それぞれの楽器の音を色彩に、展開を圧力に脳内で変換して聴けるようになってきました。

モーツァルトは太い色鉛筆で輪郭をなぞっていくように。プロコフィエフはパートごとに強烈に色分けされて、強いリズムを持つポスターのように。

考えてみればカンデンスキーっぽいよね。
近代ソ連の人の曲って。ストラビンスキーとかラフマニノフも。
ロマン派の曲って輪郭がはっきりしてないから眠くなるんだ。

ロンドンのテロとか2005/07/11 12:37:57

なんだかもう慣れてしまってあまり感慨はない。
人生のすべてをゆだねてもかまわないと思うほどの
イデオロギーに出会ったことが無いし
特定のイデオロギー(宗教含む)に
すべてをゆだねようとも思ったことが無いので、
事象の根底を流れているはずの心象が
よく理解できない。

もちろん、そこに行き着くに至る原因や
圧制や侵略や偏見など、これまでの経緯は
説明されれば理解はできるのだけど、
結局、すべてが宗教の名のもとに、
それをすべてのよりどころにした人が
すべてをなげうってすることについて、
その強い動機がなりたつ価値観を成立させる
原理主義というものは、いったいどういうものなのだろう。

人類は火を手に入れるには幼すぎたのかもしれないけど、
幼いいきものしか火を手に入れることはできない気がする。